ジャックの起床

公開日: 2026年5月3日 | 著者: Molly
MODE: SLOMO
AREA: DESERT
AURA: NAP

#2


バークレー地区のオレンジ色のアパートの6階の街路樹から隠された自室で目を覚ましたジャックは、表面が汗で玉になったタオルケットをこの界隈の風に合わせて素早く引き離し、裸の皮膚は寝汗でべとつき紺色の毛玉が執拗に絡みつくのを手で確かめて散らかった床を眺めた。昨晩の出来事は彼の記憶の閾下には存在しないが、この床の汚さが部分的によみがえらせてくれる。

ただ眼球それ自身が、物体を認識できないんだ。この時分、人間の眼球は、物体をはっきりと読み取る力なんてなくて、すべてがぼやけた世界をただ眺めているだけであり、それらがどう動き、どう関連しあっているかを見定める基礎となる、物質世界のモナドは認識できない。かといってその眼球がゲトるぼやけた世界を、仏教的な法界の中で脳が処理するわけではなく、霧中を断定の懐中電灯ではっきりとそれだと照らしていって見せるんだ。その懐中電灯は暴力と差別で光っている。

ジャックは床を眺めた。色の混ざり過ぎた液体が、数十本のコロナビールの空き瓶の作る堀の間を埋めるその入り江を、ジョイントの吸い殻が壊れたいかだの材木のように浮かび、木のない乾燥地帯、砂の大陸が大きく中心に横たわってる。とりあえず、枕元にあるタバコに火をつけて、重たい頭を何とかしよう。100円ライターで火をつけて一つ吹かすと、今日の夢のことをスマートフォンのなかのビッグヌードルに聞いてみる。睡眠中の脳波データ、血液の流れ濃度、枕のオーラ周波数測定器(光闇の外の電磁波を測定)から統合されたデータをもとに夢を記述してくれる。ジャックはこの記述スタイルの設定を、恋人のシルヴィアとともに詩的イメージに保たせようと努力したことがあった。そして無理な占い要素を省き深いところへのジャンプ台くらいのままに保たせようとしていた。ジャックはこの世代の男としては妙に頭髪を長く保っていた。界隈で言うなら、古風な趣味、ノスタルジア系ということになるのだが。

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オプティマスプライムはオーロラを吐き出す。眼下に散らばる石の一つ一つに目を凝らすと衝突の痕跡の部分で、より鋭いオーロラを注いでいるが、今では、ねちょっとした液体的まどろみに身を浸からせている。星々であることを忘れ、イデオロギーの河を支える多くのなかの見定められない一つとなったために。だが未だに石は自分のオーロラに、オプティマスのヘッドライトを充ててみて、分光を楽しんでいる。

オプティマスからの逃避。四肢をつなぎ合わせたいかだでその入り組んだ海を渡る密航者は、そのオーロラのどろどろの海にもつれていかだを大破させるが、あるものは、やっと大陸を見つけたという。そこには植物など一つもなくただ乾いた起伏があるのみだった。その起伏は沈黙するわけではなく、沈黙とささやきが仲をたがわし、その界面を無視して大きい世界では叫びが支配している。

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眼下に広がる、ビール瓶とジョイントと大陸、そして色の混ざり過ぎた液体。これと酷似するデバイスが告げる彼の夢に、ジャックは恐怖を覚え、たばこは先端で音を挙げた。チリチリチリ。塵から始まった。夢パックとぼやける目がだんだんと人間の世界に入ってくるとともに我々は塵に戻っている。いや存在する方法を、塵の直線に対したのしさとか愛で飛び跳ねて、攪乱するあのファンタジーを失っているのか。そんなこと考えるのさえつらい。思考することに対する労力ばかり目につき、思考の跳躍の楽しみは記憶の奥底に眠っていしまっている。

この恐怖を超えるためには眼下の大陸を制覇しなければならない。心の虚を埋めるのは、理想主義的なフロンティア精神だ。我々は新しい大陸を見つけたら挑まずにはいられない。ジャックはベッドから足をゆっくりと下界に投げ出し、慎重にこの砂漠とでかさを紛らわされた海のジオラマの世界に入っていく。足に液体が触れる。夜の寒さに冷えた液体は、彼の体内の熱勾配をかく乱させ、重力が強まったような気がする。彼の旋毛から土踏まずに意識の風が吹きつける。気持ち悪い、公的機関が整備した新しい公園の作られた泥んこプールのようなドロドロ。

ついにジャックは大陸まで近づき、眼球を低みにおろす。手を差し出し、撫でてみると大陸は煤に包まれていた。そして冷え切っている。だがその煤の奥に弾力を感じる。美しい女の皮膚のもちもち。

大陸だと思っていたものは、冷え切って煤をまといながら、サンフランシスコの一室で横たわる、シルヴィアだった。